About The Catcher In the Rye

 

みなさん、こんばんは~。

ちっと前に、フィギュア関連のサイトをめぐったら、
何やらまたルール改正ですか・・・

スポーツのルールがそんなにコロコロ変わっていいんでしょうか。

ルールをいじるより、トム先生が五輪後におっしゃっていたように、
でっかいカメラを設置してそれを皆が見えるようにする、というようなことのほうがよっぽど効果的と思うんですけど。
何をどう変えても、文句をいう人が絶えないでしょうし、またこれからそういう話を聞くと思うとちょっとうんざり。

 

なので、全然関係ない、管理人の宿題の話を少し聞いてくださ~い(すりすり)

課題は、
最近の翻訳についての批評なり、訳者あとがきなりを読んで、「意訳」か「直訳」という古くからの翻訳学の問題について言及しているものがあればそれを探してきなさい、というものです(確か)。

 で、宿題に関係しているかいないかもわからないまま、
今日「翻訳夜話2 / サリンジャー戦記」(村上春樹・柴田元幸)という本を買ってしまいました。

 

 

この本を選んだ理由は、
2003年4月に村上氏が、野崎孝氏の翻訳出版からおよそ50年を経て、新たにこのサリンジャーの小説を翻訳出版したところ、
自分もちら読みして、なんだか、20年以上も前に自分が読んだ「ライ麦畑でつかまえて」じゃなくて、村上春樹の小説になっちゃっているなあ、という印象を受けたので、この点について、村上氏の見解を調べてみようと思ったからです。

今日、少しだけ訳を比較してみました(多分こんなこと研究している人は日本にたくさんいるんでしょうね)

***

(高校で行われたフットボール大会の様子についての記述)

and scrawny and faggy on the Saxon Hall side, because the visiting team hardly ever brought many people with them

(野崎訳)

サクソン・ホールの方は細くってカワイソみたいだった。遠征するほうじゃ、大勢の生徒を引っぱって来るわけにいかんだろう。

(村上訳)

それに比べるとサクソン・ホール側の応援はしょぼいものだった。ビジター・チームについてくる応援団の数なんてしれたもんだからさ。

***

その他にも、兄について、野崎訳は「奴さん」村上訳は「彼」など、数ページ読んだだけでも、語彙、文体の違いは感じられます。違う人が訳しているから当たり前なんですけど。

50年も経ってしまったから、あの頃の言葉遣いを、今の高校生の男の子の台詞としてかぶせるのは、ずれがあるのかもしれません。
村上氏も「翻訳夜話2 / サリンジャー戦記」で、今と当時では風俗的表現、口語表現に齟齬、温度差があるから、どうのこうの、と書かれています。

それ以外にも、もっと読みこまなければ、納得、理解できないことがこの本には書かれています。(訳出をするうえで、you の落とし方とか。野崎氏の場合は、「いわゆるうまい日本語訳のやり方で、できるだけ落とす」。でも、村上氏は、この小説におけるyou という「架空の語りかけられ手は作品にとって意外に大きな意味を持っているんじゃないかと、テキストを読んでみてあらためて感じた」とか。じゃ、どういう風に変えたのかはまだ、研究不足です。すみません。)

自分の印象は、野崎訳は、日本語の言葉の選び方が等価性を維持しつつ、縦横無尽で奔放。かたや、村上訳のほうは、すっきり、で、村上風。

***

個人的にどちらが、好きか・・・。 あくまで好きか嫌いかの話です。

私は、野崎訳です。 
読んだのが青春期であり、彼の言葉で、映像がプリントされちゃっているからかな。
そういえば、「ライ麦畑でつかまえて」という日本語のタイトル・・・・・・
これは野崎氏によるものですね。 そこだけでも、ポイント高い。

これから読む人は、村上訳で、全然オッケーだと思います。 
彼の文体が好きな人であればこちらの「キャッチャー・イン・ザ・ライ」でしょう。

***

こんな簡単に終えていい課題ではないんですが、

とりあえず、フィギュアの採点のこと考えるよりかは生産的だったということで、
付き合っていただいたかた、ごめんなさ~い。

また、宿題提出前に記事をアップしたときはよろしくお願いします。

あ、村上氏のキャッチャー・・・を読まれた方がいらしたら、なにか教えてください。

 

**追記:
読書進んでいます。
で、「翻訳夜話2 / サリンジャー戦記」(村上春樹・柴田元幸)
こちらの本、かなりよいです。
多分柴田さんがいらしゃらなかったら、オシャレな禅問答で終わっちまっただろう対談
(羽生善治と二宮清純の対談みたいに、ちっとも対談の役割果たしていないやつ)
が、とても面白いものになっています。 素晴らしい。

Leave Comments

  1. “The Catcher in the Rye”, 懐かしい作品ですね。私が読んだのは今から数十年も前のことで、内容も大まかなあらすじしか覚えていないので、ふぁんふぁん様に何も申し上げることができません。

    例として挙げてくださった野崎氏と村上氏の翻訳を見る限り、読んですっと入ってくるのは村上訳のほうだと思いました。ただし、原文をみてみると野崎氏の方が原文に忠実に訳しているのがわかりますよね。50年も前に口語調で書かれた小説をその当時の訳で読むと何か古臭く感じてしまうのは仕方のないことなのかも知れません。

    ただ1つ、この作品の日本語訳のタイトル『ライ麦畑でつかまえて』については、なぜこのような意訳になっているのかな?とは漠然と不思議に思っていました。「ライ麦畑で(僕を)つかまえて」ってことになりますものね。そしてまた、村上訳では敢えて『キャッチャー・イン・ザ・ライ』とカタカナ表記。一般の日本人は「ライ」と聞いても「ライ麦」とは俄かに想像できないと思うので、それでもカタカナ表記にした理由は何なのか?野崎訳では正しくないと判断したためか、それとも野崎訳より優れた訳が日本語で思いつかなかったためか、はたまた世間に広く知られた野崎訳のタイトルを変更してしまうのは彼に失礼になると思ったためか・・・などなど、とめどもなく考えております。

    サリンジャーは今年亡くなったんですよね。そのニュースをTVで知って、失礼ながら「まだ生きていたんだ~」とびっくりしました。確か全部で4作品くらいしか出版していないと記憶しています。それ以降社会から身を隠すように暮らしていた彼は、去年映画を見て原作を読んだ”Finding Forrester(邦題:小説家を見つけたら)”のフォレスターのモデルだったのではとふと思いました。

    長々とすみません。わたしも時間があったら「翻訳夜話2サリンジャー戦記」読んでみますね。

    コメント by Asagon — 2010年5月10日 @ 1:36 AM

  2. Asagon様

    タイトルをカタカナのままで残した理由についても、こちらの対談で語ってらっしゃいます。
    引用すると、長いしうまくまとめられないのですが、要は、
    キャッチャー・イン・ザ・ライは、ブラックボックスみたいなもので、いろんなことを意味しうる言い方を日本語に変換すると、どうしてもブラックボックスの中身を限定しちゃうことになって、結局一部しか切り取れないということになってしまいますから、とのことでした。

    このような名著を白水社ご指名で「訳しませんか」
    とオファーが来るのは、村上氏だからでしょうね。

    コメント by ふぁんふぁん — 2010年5月10日 @ 2:13 AM

Spam Protection by WP-SpamFree

この投稿へのコメントの RSS フィード TrackBack URL このページのトップへ